Cary O. Harding 先生
Oregon Health & Science University.
Professor of Molecular and
Medical Genetics,
School of Medicine
大石 公彦 先生
東京慈恵会医科大学小児科学講座
教授
2023年5月、フェニルケトン尿症(PKU)の治療薬としてパリンジック®が発売されました。
本コンテンツでは、「エキスパートに聞く PKU患者さんが感じる症状と負担/PKU患者さん診療時の工夫」をテーマとした、大石 公彦先生(東京慈恵会医科大学小児科学講座 教授)とCary O. Harding先生(Oregon Health & Science University. Professor of Molecular and Medical Genetics, School of Medicine)による対談「米国におけるPKU治療とパリンジック®の使用経験」の内容※をご紹介します。
※一部追加している内容があります。
本コンテンツのPOINT
先生
米国のPKU患者さんは、治療においてどのような点で苦労されていますか?
先生
患者さんごとに状況は異なりますが、患者さんの多くは、疾患の良好なコントロールを維持することに苦労しています。
PKUの患者さんは、生まれた時から主にタンパク質摂取を制限する食事療法を行っており、これは大人になっても変わりません。
患者さんは、健康や脳の正常な発達のためには食事療法が必要であることを理解していますが、年齢を重ねると食事療法が困難になります。
これは患者さんの責任ではありません。思春期を迎える頃から代謝コントロールの維持が難しくなり、努力をしても食事療法がますます困難になります。
先生
日本でも19歳を超えるPKU患者さんで食事療法を中止した経験のある患者さんが約30%いたというデータがあります1)。食事療法をやめてしまうことで、患者さんは実生活でどのような負担を抱えてしまうのでしょうか。
1)Yamada K, et al. Int J Neonatal Screen. 2021;7(2):21.
先生
成人する前に食事療法をやめてしまうと、血中Phe濃度が高くなり、ブレインフォグが生じることもあります。
これらの問題の集積によって、学業や仕事を続けることに支障が生じることがあります。また、気分障害によって人間関係に支障をきたすことがあります。たとえば、恋人との関係維持や結婚生活で問題が起こることもあります。
患者さん自身が認識していなくても、ご家族が患者さんの苦しみを実感していることもあります。
先生
PKUで来院される患者さんは一見問題なさそうに見えますが、見た目には表れていなくても日常生活で多くの困難を抱えている可能性があるのですね。
日本におけるPKU患者さんの血中フェニルアラニン濃度は、米国と同様に全年齢で2-6mg/dLに保つよう管理目標が定められています2)。成人患者さんが治療を中断すると、頭痛、うつ状態、神経症、認知能力の低下など、さまざまな精神神経学的問題をきたすことがわかっている3)ことから、日本の新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン20192)においても食事療法は患者さんの性別や年齢を問わず生涯にわたって継続すべきであると記載されています2)。
一方で、年齢を重ねるごとに、食事療法の遵守率が低下することも知られています4)。不十分なフェニルアラニンのコントロールや、血中フェニルアラニン値の上昇により注意欠陥障害や、認知能力障害が起こることが報告されていることから5)、成人における食事療法の継続は課題となっています。
2)日本先天代謝異常学会編:新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019: p16,p20.
3)Bilder DA, et al. Mol Genet Metab. 2017;121(1):1-8.
4)Viau K, et al. Mol Genet Metab. 2021;133(4):345-351.
5)Nardecchia F, et al. Mol Genet Metab. 2015;115(2-3):84-90.
先生
米国のPKU患者さんが抱えている苦労についてよくわかりました。お話しいただいたような学校や職場でPKU患者さんが経験する苦労について、正確な情報を得るために問診でどのような工夫をされていますか?
先生
これは非常に難しい問題です。たとえば、ある患者さんに「調子はどうですか?」と尋ねても、返ってくる答えはいつも「元気です」となることが多いです。「うつ症状や不安症状がありますか?」と尋ねても、「いいえ」と答えるでしょう。患者さんにとってはそれが普通のことだからです。
私は「学校での成績はどうですか?」「仕事を続けられていますか?」といった直接的な質問をするようにしています。「調子はどうですか?」といった自由回答の質問よりも、このような問いは有効です。
先生
自由回答より直接的な質問がよいとのことですが、患者さんの具体的な生活の様子がイメージできていないと直接的な質問をするのは難しいと思います。先生は、どのように質問を考えられているのでしょうか?
先生
私は、他の患者さんから聞いた症状を参考にした質問をすることもあります。たとえば、患者さんの中には、車で複雑な道順を通って目的地にたどり着けないと訴える方もいますので、同様の問題がないかを尋ねます。すると、「問題があるので、運転はしない」という回答が返ってきます。運転ができないのではなく、運転をすることが怖いのです。
また、学生時代に読書や数学がどうだったかを尋ねると、「読書が本当に大変だった」と答えるでしょう。1ページ読んでは内容を忘れ、読み返しても憶えられなかったというのです。
このように具体的な質問をすることで、患者さんが自分の抱える問題をより明確に認識することがあります。
また、患者さんは睡眠障害も抱えていることがあります。患者さんにとっては普通のことなので、「睡眠はとれていますか?」と尋ねても、「大丈夫です」と答えるでしょう。しかし、具体的に「何時に寝て、何時に起きますか?」と尋ねると「夜中の2時に寝て、朝5~6時に起床します」という答えが返ってきます。これでは十分な睡眠がとれているとはいえません。
また、診察中に、それまで問題なく会話を進めていたのに、途中で内容がわからなくなって、何について話していたのかを尋ねてくる患者さんがいます。このことで、患者さんが注意障害を抱えていることがわかります。
診察中に震えがみられることで、血中Phe濃度上昇の影響を知るきっかけになることもあります。
血中Phe濃度が上昇している間は自己認識に問題を抱えていることが多く、治療により血中Phe濃度が低下してはじめて、それまで自分がどれだけ多くの問題を抱えていたのかがわかるようになります。
PKU患者さんは睡眠の質低下、寝付くまでの時間の増加、日中の眠気の増加など睡眠障害を示すことが報告されています6)。PKU患者さんの睡眠障害は多くの場合、神経伝達物質であるセロトニンの欠乏が原因であり、これは血中Phe濃度の上昇と関係しています6)。
6)Ashe K, et al. Front Psychiatry. 2019;10:561.