ACHの胎児期における各科の対応
2024年3月末まで所属していた神奈川県立こども医療センターでは,軟骨無形成症(achondroplasia:ACH)の患者さんを産婦人科,新生児科,遺伝科,総合診療科を軸に,脳神経外科や内分泌代謝科,耳鼻咽喉科などが連携する多職種協働(multidisciplinary team:MDT)による診療を行っています。
ACHは,低身長や特徴的な顔貌や四肢短縮,三尖手などの臨床症状,特徴的なレントゲン所見により新生児~乳幼児期に診断されることが多いとされています。しかし近年は,妊娠中の胎児超音波検査によってACHの可能性が指摘され,神奈川県立こども医療センターに紹介されるケースも経験するようになりました。ただ,四肢短縮型低身長症を呈する骨系統疾患はACH以外にも存在すること,なかには予後不良となる疾患もあることから,確定診断前に疾患について詳細な説明を行うと親御さんの負担になる可能性があります。そのような倫理的な面も考慮して,神奈川県立こども医療センターでは出産前の診断について慎重に対応しています。このため出産前から遺伝科がかかわることは少なく,ACHの周産期に関しては産婦人科,新生児科が中心となって診療にあたります。
ACHの新生児期における各科の対応
神奈川県立こども医療センターでACHの可能性がある児が出生あるいは紹介受診されると,新生児科の医師が主導してご家族への説明などを行います。その後,間を置かずに遺伝科が新生児集中治療室(neonatal intensive care unit:NICU)に呼ばれます。そこで児の臨床症状などを確認し,新生児科と診断についてディスカッションし,必要に応じて遺伝学的検査のプランを立てます。さらに,ご家族にも遺伝科の立場からACHについてお話をします。
ACHが疑われた症例のほとんどが遺伝学的検査を受けることになりますが,受検のタイミングは症例によって異なります。ACHは臨床症状とレントゲン所見でほとんど診断可能であるため,状態が落ち着いている症例ではNICUでの遺伝学的検査の実施が必須ではないケースもあります。
大後頭孔狭窄の有無および重症度は,ACHの管理において非常に重要です。そのため,臨床症状やレントゲン所見から鑑別診断へと進み,ACHであると判断できた段階で,遺伝学的検査のタイミングにかかわらず頭部MRI検査を行うことが求められます。
ACHの主症状と合併症に対する各科の対応と連携
1|低身長
ACHの主症状である低身長に対しては,内分泌代謝科が中心となって薬物療法を行い,遺伝科はフォローアップをしています。成長ホルモン治療は「軟骨無形成症診療ガイドライン」では3歳からとなっているため,大後頭孔狭窄や睡眠時中枢性無呼吸などの合併症の対応を優先し,以前は新生児期に急いで紹介することはありませんでした。しかし,2022年8月より販売開始となったボソリチドは0歳から使用可能ですので,内分泌代謝科へのコンサルト時期は早まっています。現在は新生児期から,退院後ご家庭で落ち着いてから少なくとも1歳までの期間には,内分泌代謝科にコンサルトするようにしています。
2|大後頭孔狭窄
NICU入院中に頭部MRI検査を行い,大後頭孔狭窄による頸髄延髄移行部の圧迫があるかどうかを確認します。大後頭孔狭窄が明らかで圧迫がみられた場合,NICU退院時に必ず脳神経外科の外来受診予約をとり,新生児科・遺伝科だけでなく脳神経外科においても定期的なフォローアップを行います。
NICU入院中の頭部MRI検査で大後頭孔狭窄を認めない場合は,退院1~2ヵ月後に新生児科・遺伝科の外来予約をとり,NICU退院後も新生児科・遺伝科でフォローアップを継続します。伳反射などの神経学的評価のほか,頭位の計測は毎回必ず行い,大後頭孔狭窄による頭位拡大が認められたら新生児科もしくは遺伝科から脳神経外科にコンサルトします。
脳神経外科が関与するタイミングは症例によって異なりますが,大後頭孔狭窄を認めた後は速やかに脳神経外科の診察を受け,新生児科・遺伝科と並行してフォローアップを継続するという流れになります。
3|睡眠時中枢性無呼吸
ACHにおいて,睡眠時中枢性無呼吸はきわめて重要かつ困難な合併症です。ACHの睡眠時中枢性無呼吸には複数の要因があり,主に大後頭孔狭窄による延髄・上部頸髄圧迫に起因する中枢性呼吸障害,構造的な鼻咽腔狭窄と口蓋扁桃肥大の合併,さらに胸郭の低形成などが挙げられます。これら3要因のいずれも可能性があるため,例えば上気道手術を行って口蓋扁桃肥大を治療したとしても,中枢性呼吸障害ないし胸郭の低形成が原因であった場合は睡眠時中枢性無呼吸が残存してしまうことになります。特に新生児期には要因が明確でない睡眠時中枢性無呼吸が出現・遷延し,大後頭孔狭窄,上気道,胸郭低形成のいずれに介入しても改善がみられず,対応に苦慮することもあります。
神奈川県立こども医療センターでは,睡眠時中枢性無呼吸に対する在宅酸素療法の導入などに関しては総合診療科が対応します。鼻咽腔狭窄と口蓋扁桃肥大については耳鼻咽喉科,中枢性呼吸障害の原因となる大後頭孔狭窄については脳神経外科も関与しますが,呼吸管理において中心的な役割を担うのは総合診療科です。
ACHにおける多診療科連携の仕組み
1|多診療科連携の主軸となる診療科
神奈川県立こども医療センターでは,ACHの新生児期~小児期のフォローアップの中心となる診療科は時期によって異なります。診療全体をコーディネートする新生児科・遺伝科・総合診療科と,それぞれの合併症が出現した際に対応する脳神経外科や耳鼻咽喉科,整形外科などがそれぞれ役割分担し,薬物療法開始後は内分泌代謝科が一貫してかかわる多診療科連携体制をとっています(図)。
連携の主軸となる診療科は新生児科から遺伝科,遺伝科から総合診療科へとバトンタッチしていきますが,ACHのフォローアップは医療的側面だけでは完結しません。親御さんの気持ちを汲みながら,例えば学校での疾患の理解が不十分な場合にどのように説明するかなどを相談するのも遺伝科・総合診療科の役割です。ACHの子どもたちが自信や自尊心をもって進学や社会参加できるようサポートすることも重要になります。
ほかの遺伝性疾患と同様,以前はACHも新生児期から高校を卒業するまで遺伝科でフォローアップしていました。しかし最近では,特に大きな合併症がない症例は外来受診の負担を軽減するため,中学生頃に遺伝科から総合診療科にバトンタッチすることが多くなりました。
2|各科の意思疎通と連携構築の経緯
神奈川県立こども医療センターでは前述のとおり,ACHにかかわる各診療科の連携体制が確立されているため,改めてチームという形で全体カンファレンスを開くことはしていません。出産前は産婦人科と新生児科がカンファレンスを行っています。出産後は,睡眠時中枢性無呼吸が重症化している場合に総合診療科を中心にカンファレンスを開くなど,個々の病態や合併症に応じて臨機応変に対応しています。
私が神奈川県立こども医療センターに着任した1999年当時はまだ総合診療科がなく,呼吸管理や睡眠時中枢性無呼吸の原因の評価などは遺伝科が行っていました。また,新生児期のMRI撮影の申請や日帰り入院の段取り,親御さんへの説明なども担っていましたが,これらの役割を1つずつ整理し,ほかの診療科と分担することで現在の連携の形が徐々に構築されていきました。
3|ACH児における定点観測の重要性
それぞれの診療科がある時期だけ・個別の役割だけをみていると,医療管理のプロセスのどこかで見落としが起きてしまう可能性があります。特に長期間にわたって多職種での連携が必須となるACHでは,いずれかの診療科が一貫してフォローアップを継続する必要があると考えています。
例えば睡眠時中枢性無呼吸があり,総合診療科が診療の中心となった症例でも,新生児科や遺伝科は正規のフォローアップを継続しています。特に新生児期~乳幼児期には,神経症状などの評価だけでなく,発達評価が非常に重要となります。ACHでは頭部が相対的に大きいことから,首のすわりや寝返り,お座り,歩行,笑顔,会話などの運動発達の遅れがみられます。その遅れが本当にACHによる発達の遅れなのかを慎重に見極めて評価し,遺伝科と総合診療科が連携しながらフォローアップして,必要であれば療育やリハビリテーションにつなげることも重要です。
ACHを含む希少疾患のフォローアップの基本は,同じ観測者が同じ目線で継続して追跡・評価する定点観測です。定点観測を行うことで,何らかの違和感に気付いた際に速やかに次のアクションをとることが可能になります。定点観測は新生児期から始まりますが,その後の乳幼児期以降も継続して行うべきものです。
ACHの診療に携わる医療者へのメッセージ
ACHは臨床症状やレントゲン所見から総合的に診断可能であるため,遺伝学的検査は不必要に急がず,親御さんの気持ちを汲みながらタイミングを計って行うことが求められます。さらに,新生児期の診療の中心となる診療科が,頸部の屈曲制限,後弓反張,四肢麻痺,深部伳反射の亢進,下肢のクローヌスなどの身体所見を丁寧に評価し,定点観測で継続的にフォローアップすることが重要となります。
ACHでは,大後頭孔狭窄をはじめとする合併症管理において多様な職種の連携が必要です。専門とする合併症だけを診るのではなく,身長・体重などの成長,首のすわりや寝返り,お座り,歩行,笑顔,会話などの運動発達を評価し,ACHによる見かけ上の遅れかどうかを見極めることがポイントです。
私は2024年4月より国立成育医療研究センター遺伝診療センターで全体を統括する立場となりました。ゲノム解析などの研究を診療に活かし,遺伝性疾患のよりよい成育医療の実現を目指しています。ACHは遺伝性の骨系統疾患の1つであり,MDTによる診療が求められますが,チームとしてアプローチできている医療機関は少ない状況かもしれません。今後,多職種によるチームでACHをフォローアップする体制構築の仕組みを考えていくことも重要かと思います。