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これまでの軟骨無形成症治療の
課題とボックスゾゴ®

監 修

徳島大学医学部
名誉教授

安井 夏生先生

2022年にC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)類縁体であるボックスゾゴ®が軟骨無形成症(ACH)の治療選択肢に加わりました。長年多くのACH患者さんの治療に携わってこられた徳島大学医学部 名誉教授の安井 夏生 先生にACH治療の課題とボックスゾゴ®登場後の変化について、小児整形外科医の視点からお伺いいたしました。本コンテンツでは、その中からACH治療における治療のゴールや課題、ボックスゾゴ®登場後の変化についてご紹介します。

ACH診療ではどのようなことを目指して
治療をすべきでしょうか

安井先生

軟骨無形成症(ACH)は、成人の患者さんの身長が男性130cm程度、女性124cm程度という身体的な特徴を持1)ことから、四肢短縮型低身長に目がいきがちである。また、ボックスゾゴ®登場前の治療では内科的治療、外科的治療を問わず、低身長に対する対症療法しかなかった。そのため、医師も患者さんも身長を伸ばすことを治療のゴールとして捉えてきた。しかし、ACHは、低身長以外にも様々の臨床症状があり、小児期には問題とならなかった脊柱管狭窄症が成人になってから両下肢麻痺として大きな障害となる場合もある。低身長を主訴として紹介された患者さんを診ていても、大後頭孔狭窄や脊柱管狭窄、中耳炎、アデノイド肥大などの合併症が大きな問題であることに気が付く。
したがって、低身長も問題となるが、ACH治療における本来のゴールは、低身長の治療だけでなく、将来起こり得る生活の障害を出生時から見据えて解消していくことだと私は考えている。

ボックスゾゴ®登場前までの
ACH治療の有用性と限界
を教えて下さい

安井先生

ACHに対する治療は、内科的治療では成長ホルモン(Growth Hormone:GH)治療、外科的治療では骨延長術が従来行われてきた。
GH治療は無治療と比べて2.8cm~3.5cmの増加が認められてい2)
骨延長術は身長を高くする、あるいは四肢を長くするという意味では有意義だ。たとえば、身長が130cmくらいの子どもが下肢の延長術を行えば150cmを超えることもある。しかし、手術は患者さんにとっても負担が大きく、様々の合併症を伴うリスクがある。術後は創外固定器具を長い間装着していなければならず、その間患者さんは痛みを伴い、不自由を強いられる。手術により下肢アライメントを改善することも可能であるが、逆に悪化してしまうこともあり、その場合は運動機能が低下する。また上腕だけ10cm以上延長すると肘が遠くにいってしまい、口に手が届かなくなる。またACHの患者さんのほとんどに肘関節の伸展制限を認める。私は上腕延長の手術をするときは、上腕骨の変形矯正も同時に行っていた。しかし、やはり手術にはさまざまなリスクを伴う。私自身、薬物治療で骨を伸ばすことができるのであれば手術による延長はやらないに越したことはないと考えている。

GH治療や骨延長術は低身長または四肢短縮にのみアプローチする対症療法である。ACH患者さんでは低身長のみならず、生涯にわたって様々な臨床症状が生じ3)その中でも、思春期以降のACH患者さんを診療している中で気になるのは脊柱管狭窄症であり、それによる成人期以降の車椅子生活だ。ACHに伴う脊柱管狭窄は神経麻痺が発症すると治すことが非常に難しい。脊柱管狭窄は健常人でも加齢とともに増加する。軟骨無形成症の患者さんはもともと脊柱管が狭いため、多くは30歳ごろから、早ければ10代後半から脊柱管狭窄症に伴う両下肢麻痺を発症す4)50歳を過ぎたACH患者さんでは対麻痺のために車椅子生活を余儀なくされる方も多く見てきた。
このように今まで行われてきたGH療法や骨延長術は低身長に対する対症療法に過ぎず、ACHの重大な合併症である大後頭孔狭窄や脊柱管狭窄などの改善は期待できないことが課題として残されていた。

これまでのACH治療の
課題から期待されること

について教えて下さい

安井先生

ACHは軟骨細胞増殖・分化の負の調節因子である線維芽細胞増殖因子受容体3型(fibroblast growth factor receptors-3:Fgfr3)遺伝子の機能獲得型変異によって内軟骨性骨化が阻害される疾患であ5)軟骨細胞の分化、軟骨基質の産生・増殖が抑制されることから、四肢短縮型低身長をはじめとするさまざまな臨床症状が生じている。一方で、ACHではFgfr3遺伝子変異以外の異常は報告されていない。大後頭孔狭窄や脊柱管狭窄だけでなく、滲出性中耳炎やアデノイド肥大などACHの合併症のすべてがFgfr3遺伝子の変異によって起こっていると考えられる。したがって、この疾患の原因であるFGFR3にアプローチし、身長だけでなくACHに合併する症状も改善させる、より本質的な治療が期待される。

ボックスゾゴ®の登場が
ACH治療にどのような
変化をもたらしたか

教えて下さい

安井先生

これまで話してきた課題があるなかで、2022年に「骨端線閉鎖を伴わない軟骨無形成症」に対して適応を有するボックスゾゴがACHに対する新たな治療の選択肢として登場した。ボックスゾゴ®はC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)の類縁体であり、ナトリウム利尿ペプチド受容体B(NPR-B)に結合することで、ACH患者にて異常に活性化されているFGFR3の下流のシグナル伝達を拮抗的に抑制し、内軟骨性骨化を促進させ6,7)この作用機序を踏まえると、ボックスゾゴ®は、成長促進剤ではなく、病態生理に直接作用して正常成長に近づけるACH治療薬と言える。ボックスゾゴ®は年齢制限がなく、新生児期から使用することが可能だ。こういった特徴もあることから、治療介入時期などACH治療に対する考え方が小児科医師をはじめとして急激に変化が起こったように思う。まだデータが不足している部分もあるが、新たな作用機序を持つボックスゾゴ®の登場によってACH治療は対症療法から本質的な治療に近づきつつあるのではないだろうか。

4.効能又は効果(電子添文より抜粋)
骨端線閉鎖を伴わない軟骨無形成症ボックスゾゴ®電子添文より抜粋

引用文献

1)立花克彦. 他. 小児科診療.1997;60:1363-9.

2)Harada D, et al.Eur J pediatr.2017;176:873-9.

3)Unger S. et al. Curr Osteoporos Rep. 2017 Apr;15(2):53-60.

4)Hunter AG. et al. J Med Genet.1998;35(9):705-712.

5)Ornitz DM, et al. Genes Dev. 2015;29:1463-86.

6)BioMarin Pharmaceutical Japan.ボックスゾゴ®皮下注用0.4mg/ボックスゾゴ®皮下注用0.56mg/ボックスゾゴ®皮下注用1.2mg医薬品インタビューフォーム. 2024年10月改訂(第4版)(2024年12月 閲覧)

7)Lorget F et al. Am J hum Genet.2012;91:1108-14.